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やすうら夢工房ブログ

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広島県呉市安浦町のまちづくりに関する情報を発信していきます(σ*´∀`)σ☆

クハ、モハ、クモハ・電車の話

久しぶりの電車話です。呉線を走る電車をよく見ると、車体にこんな記号があります。
気になりませんか?ちゃんと意味があるものなのでご紹介を(マニアックなネタですが)…
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冒頭の1文字目、クは『駆動制御』や『くっつける』のク。動かす仕組みがある=運転台がある車両。
モはモーターのモ=動力がある車両。クモはその両方を備えた車両。
あとサがあります。『差し込む』のサで、モーターも運転台もない静か(サイレント)な車両。
その次のハは、普通車のハ(旧1等車がイ、2等(グリーン)車がロ、3等(普通)車がハ)
続く数字最初の数字の1~3は直流電車、次数字は0~3が通勤電車、3番目の数字が設計された順番
ハイフン後の数字は、同じ型の何番目かを。ほぼ表しています。つまり、クモハ103-48は、運転台と動力が付いた直流、通勤型の3番目に設計された車両で、48番目の車両、ということなのですね。
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こちら、マリンビュー。
気動車(ディーゼル車)なので電車とは別な決まりで番号が付けられています。
キは『気動車』のキ。ハは普通車。なので、キハ47 7001は、ディーゼル車の普通車47型の7シリーズ1番目の車両という意味。
可部線の廃止された可部三段峡間を走っていた車両だと分かるのです。
山車両が海車両へと見事に変身したのです。

ブーブーBでした。

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by yasuurayumekobo | 2011-02-01 09:53 | 安浦あんな所こんな場所 | Comments(6)
Commented by 牡丹鍋 at 2011-02-03 12:15 x
マリンビューは可部線を走っていた車両ではありません。(笑)
可部線に所属していたキハ40(車両の両端に運転台があるタイプ)が他線区へ転属して、玉突きで不要になった車両を改造したものがマリンビューです。
Commented by やすうら夢工房 at 2011-02-04 11:28 x
ご指摘ありがとうございます。
そうですか…可部線廃止区間のキハ47の2011と3002が、
7001と7002に改造されマリンビューになった、
そう理解して記事にしたのです。
広島管内一円を走り、「可部線も走っていた車両」とした方が適切なのでしょうか?

牡丹鍋さんは、(昔の)可部線に非常にお詳しいとお見受けいたします。
旧加計町と旧安浦町は姉妹町縁組みをしていた関係で、交流があったのですが、
現在、お互いの合併により、町レベルの交流がほぼ消滅した状態です。
そんな中で、可部線を走っていた車両が海沿いの呉線を走っている、ということが、
『ちょっといい感じ』だと思うのです。
キハ47の2011と3002は全く可部線とは無関係なのでしょうか(そうなら、残念だな…)、
「あの気動車は可部線も走っていたんだ」と、安浦の子ども達にも言ってあげたい気持ちです。
もう少し詳しくお教えいただければ、幸甚に存じます。

Commented by 牡丹鍋 at 2011-02-10 14:46 x
マリンビューの種車の履歴を調べてみましたが、可部線を走った可能性は極めて低いのではないかと思われます。

気動車履歴書庫
http://homepage3.nifty.com/kiha/k-r/local3/47-9.html

■キハ47-7002車暦

1982.6.11 キハ47-193 新製(富士重工)
向日町配置
1990.3.8 米子配置
1994.11.26 キハ47-2011へ改造
2003年度 山口配置
2005.9.20 キハ47-7002へ改造(マリンビュー)
2005.9.22 広島配置

■キハ47-7001車暦

1978.5.31 キハ47-1003 新製(富士重工)
岡山配置
1991.3.16 津山配置
1993.3.16 キハ47-3002へ改造
1999.10.2 岡山配置
2003年度 山口配置
2005.9.20 キハ47-7001へ改造(マリンビュー)
2005.9.22 広島配置

車暦を見ますと、可部線廃止(2003年)の時点で、この両車は米子と岡山に居たことになりますので、広島に来た可能性は極めて低いのではないかと…。

お子さん達には黙っておいたほうが良いのかも知れません…。
Commented by 牡丹鍋 at 2011-02-10 15:10 x
補足ですが、可部線廃止時に可部線(可部鉄道部)に所属していた車両は、キハ40の2000番台と2100番台の計5~6両だったと記憶しております。(車両に詳しいファンなら車番までご存知だと思います。)
ワンマン運行対応だったので、駅名入りの運賃表や運賃箱などが備え付けられていました。
臨時列車などが運転される際はどうしても車両が不足するので、広島支社管内のキハ47やキハ28、キハ58などが助っ人として入線することがありました。(いずれも運転台が車両の片側にしかない。)

加計と安浦の関係ですが、やはり帝国製鉄の移転が縁だったのでしょうかね?

安浦に移転する前の帝国製鉄加計工場
http://sakurao.exblog.jp/7984375/

今は製鉄所=海岸沿いというイメージですが、昔は山の中にあったんですね。原材料となる砂鉄が採れ、燃料となる木炭の確保が容易だったからだと思いますが…。
Commented by 牡丹鍋 at 2011-02-11 14:19 x
マリンビューの車歴について更に調べてみました。

2003年当時、キハ47-3002は岡山に配置されており、津山線などで活躍していたようです。
車体の色は↓こんな感じだったそうです。
http://www.torepa21.com/html/r-tsym.htm

同時期、キハ47-2011は後藤(米子)に配置されており、山陰本線などで活躍していたようです。
↓車体の色は朱色(首都圏色)だったそうです。
http://itreni.net/hyoshi/2004/hyoshi200408.html

調べた結果からすると、マリンビューの種車が可部線を走った可能性は無いと思われます。

理由
・マリンビューになるまで広島又は山口(広島支社管内)に配置されたことが無い。
・両車は2003年度に山口に配置換えになっているが、新岡山色と首都圏色のままだった。
・2003年頃、新岡山色と首都圏色のキハ47が可部線に入った形跡が無い。

以上です。
Commented by やすうら at 2011-02-16 15:15 x
毎回遅レスで失礼します。
そして、大変ご丁寧な返信、ありがとうございました。勉強になりました。
最初に紹介されているキハの履歴は前回のメールを頂き、私も確かめたものでした。
可部線のスジは見込めないな、と思っていました。
それでも、津山や米子という町の名前が出ましたので、車両間の交流という点では、
新たな興味が湧きました。
また、帝国製鉄が取り持つ加計との縁、初めて認識し、勉強不足を痛感しました。
「安浦町史 地誌・民俗編」に、帝国製鉄のことが書かれており、
故郷の歴史を再認識した次第です。重ねがさね、御礼申しあげます。