今年も広島に8月6日が訪れます。約30キロ離れた安浦にもその影響が及びました。
原爆投下により校舎が焼失した広島医専(広島県立医学専門学校/現広島大学医学部)の移転先に、安浦海兵団跡が選ばれました。
海兵団の施設をそのまま使い、1945年12月には授業が再開されています。
とはいえ、教科書も医療器具、実験道具もそろえることが出来ず、日々の食事も満足にとることができない、困難な状態での移転でした。
医専と附属病院は1947年2月には呉市二河町などに移り、1960年代に大学、病院ともに順次広島市へ再度移転しました。
1945年12月~1947年2月の1年3か月、短い期間でしたが安浦に大学の医学部と病院が存在したのです。
医学生を受け入れた安浦町民は、敗戦後の食べ物にも事欠く困難な状況の中でも、自分の家で採れた米や野菜などを届けるなどして支えたのでした。
写真1は「安浦町制施行50周年記念写真集・時模様から、2は「安浦町まちづくり協議会 安浦の昭和史」から抜粋しました。
また、安浦海兵団の航空写真は、国土地理院のWEBサイトから、昭和22年米軍が撮影したもの(1947.10.1 USA R512‐118)
このブログ2025.3.27の記事からです。