安浦海兵団跡には、広島医専と広島女子高等師範学校(広島女高師)が移転してきました。
「女高師」は明治~昭和終戦にかけて設置された、高等教育機関の女性教員を養成する国営の学校、全国で3校設立。
原爆により、広島女高師の校舎は焼失し、生徒・教員など多くの犠牲者がありました。仮移転を経て、
安浦海兵団の施設を利用し1945年12月授業を再開、現在の高校大学生にあたる女子学生が県内外から集まり、寮生活をしながら学業に励みました。
数年後移転が議論される中寮が焼失するという事態が発生し、結局1950年福山へ移転。現在広島大学付属福山中高等学校になりました。
医専同様、学業に必要なものは不足し、慢性的な食糧不足に悩まされるなど、生活環境は厳しいものがありました。
安浦の人々は未来を若者に託し、自分の家で採れた米や野菜などを届けるなどして支えました。
呉市立図書館で「追悼記‐一冊の貯金通帳控より‐」「『時』のかたみに」の2冊、女高師の卒業生によりまとめられた記録を読むことができます。
特に、「『時』のかたみに」は安浦図書館で館内閲覧しかできませんが、原爆の悲惨な状況や生活が困窮する中で勉学に励む様子が描かれています。安浦出身の女学生の手記もあり、当時の様子を知る、非常に興味深い1冊になっています。
その一方で、戦争が終わった解放感・安堵感と、若い男女が集う学校が隣同士にあることから、生活は苦しくてもどこか希望的な雰囲気が感じられる内容も含まれています。
8月6日を生き延びた人々が安浦で傷を癒し、再建の礎を築き、今を支えています。
写真A、B:「安浦町まちづくり協議会 安浦の昭和史」、C、D、E:「安浦町史」、F:「安浦町制施行50周年記念写真集・時模様」